2010年09月09日 20時49分20秒

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商品レビュー

趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏!

出版社:光文社
著者・作者:趙紫陽
価格:¥ 2,730
お勧め度:星5.0コ
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発売日:2010-01-19
Creator:河野純治 

悲劇の開明派指導者の回想録

お勧め度:星5コ

中国の民主化を願うものの一人として、天安門事件(1989年)の折に学生達に同情的であったとして共産党No1の地位を解かれ軟禁状態にあった趙紫陽が、何時軟禁を解かれるかと注視してきた。しかし、彼は、15年余の軟禁生活の果て、2005年に死去した。この間、趙紫陽は、本書のもとになった回想を密かにテープに録音していた。そして、昔の党秘書の子供達の尽力によって本書が編まれたのだ。勿論、天安門事件への対処をめぐる指導部内の対立を再現した核心的部分、捕らわれた後の孤独な戦いを描いた部分が印象的だが、同時に、彼が地方のリーダーだった時代に、中国の近代化のためには経済の改革・開放が不可欠という認識に達し、トウ小平に提言する話も面白い。つまり、「川上」から「川下」まで、全てを自給しようと言うのではなく、必要なものは海外から輸入する方が効率的だと言うのだ。こうして見ると、中国の今日の近代化は、趙紫陽にも負うていると言うことになろう。そして、トウ小平は、共産党独裁へのゆるぎない確信を持っていて(だからこそ事件を武力で鎮圧した)、政治的民主化をも視野に入れていた趙紫陽が追われなければならなかった必然性も、本書にによって良く分かる。中国で、彼の名誉が回復される日は何時来るのだろうか?

雨に負けぬ花

お勧め度:星5コ

天安門事件への対応を巡ってのトウ小平との対立によって、総書記の座から引きずり降ろされて、軟禁16年を経てもなお、趙紫陽の言葉からは改革開放への熱意が溢れて止まない。ふと、Paul Simonの詩句が脳裏に浮かぶ。And flowers never bend with the rainfall.

現代中国史における一級品の史料

お勧め度:星5コ

 躍進する「巨龍」となった中国。その礎は胡耀邦や、本書を著した趙紫陽による、開明的な
指導層や、彼らの後見人となったケ小平の存在でした。

 が、トウショウヘイ(文字化けの為、仮名表記)の考え方は大雑把に書くと、「経済は
市場化しないと駄目だけど(何でもかんでも自前でそろえるのは無理)、それ以外は社会
主義体制を堅持。よって共産党独裁体制以外は認めず」というものでした。

 よって、経済の自由化を突破口に、社会の民主化を進めようとした(それも急ぎ過ぎた)
胡耀邦は失脚し、その後任となった趙紫陽も経済政策の失敗を理由に、保守派から巻き返しに
合いました。
そして、天安門事件への対応を巡り、トウショウヘイとも(保守派の工作もあり)決定的な溝が発生。

 結局、彼はすべての役職を解かれ、失脚後、鬼籍に入るまで16年間もの間、軟禁状態に
あったのです。
(しかし、その役職剥奪も軟禁も法的根拠は無い。趙紫陽にとって、中国の近代化は法治国家
への道のりでも−文化大革命と言う大惨事を乗り越えた故に−あったのですが、彼自身が文化
大革命の当時に行われた方法で、総書記という立場を追われたのです)

 上で述べたようなことを以外にも…

・中国は何故躍進したのか?
・任期を大幅に残して胡耀邦はその地位を追われたのか?
・共産党内部の権力闘争とは?
・趙紫陽の思想の変遷
 (社会主義を経て、民主主義を現時点で一番の仕組みとまで認めた)
・社会主義市場経済の思想的正当性
 (中国の社会主義はまだまだ端緒だから、という理由を見つけることで、その正当性を担保した)
・文化大革命の爪痕
・天安門事件の真実

 …等々が詰まった一冊。

 中国のNo.2だった著者による証言は、まさに現代史における一級品の史料です。
(尚、No.1はトウショウヘイです)。
加えて、読みやすい翻訳、しつこいくらいに登場人物の概要も補足で挿入(巻末にも人名録は
ありますが、文中で端的に説明されるので、原則めくる必要無し)され、読者の便を図っています。

 時間作って読む価値のある一冊です。

「そうでない選択肢」がありえたか、歴史の"if"の難しさ

お勧め度:星5コ

1989年6月4日の天安門事件までの動乱の一ヶ月半、国政のトップである中国共産党総書記・趙紫陽その人が、動揺する党指導部内の緊迫した争いと、自らが孤立し失脚する過程を具体的に報告する。トウ小平や李鵬との激しい遣り取りなど、当事者しか知りえない事実が明かされ、趙が、あくまで学生の武力制圧に反対し、信念を貫いた立派な人物であることが分る。中国政治体制の民主化の先駆者として、彼が再評価される日が早く来てほしい。だが、本書で意外に思われるのは、趙が学生デモを体制の危機とは見ておらず、収拾を楽観視していたことである。李鵬が画策した4月26日の人民日報社説が事態を悪化させたので、社説を撤回・修正すれば事態は収まると趙は考えた。しかし89年6月の天安門事件を、ソ連・東欧の共産圏大崩壊の歴史と重ねるならば、現状認識で趙と対立した党指導部にも一理ある。85年就任のゴルバチョフ・ペレストロイカにより、89年6月にはポーランドで自由選挙、8月にはハンガリー国境からの住民の西側脱出、12月にはベルリンの壁崩壊、91年にはソ連が崩壊した。そして天安門事件直前の5月17日には、北京の大混乱の中でゴルバチョフ・趙会談が行われた。トウ小平自宅での緊急会議で戒厳令が決定されたのが、まさにその同じ17日。しかし、出動した中国軍の兵士は市民の抵抗によって北京市内に入れず、戒厳令は有名無実化した。おそらく趙以外の党指導部は、この事態を、東欧圏の動きと重ね合わせて畏怖したに違いない。政府の幹部職員も多数加わるデモ隊は「打倒、トウ小平!」「趙紫陽を支持しよう!」等のプラカードを掲げて、堂々行進している。趙は、「全人代(国会)」を開いて事態を収拾しようとしたが(p80)、手遅れであった。本書は、あっという間に悲劇が不可避になる過程を我々に突きつける第一級の歴史的資料である。

基本的な歴史を知っていれば、よく理解できる

お勧め度:星4コ

中国の歴史をよく知らない私でしたが、中国では共産党による言論統制が今も残っており、民主化を進めようとした趙紫陽のことが知りたく読んでみました。この本を通じて、当時の政治がどのような力関係でなりたっていたか分かりました。趙紫陽は改革開放を進めましたが、保守派長老たちからのかなりの抵抗があったと述べられています。
ただ、基本的な歴史ーー胡耀邦、李鵬などの登場人物ーーーを知っているともっと理解できたと思います。

今中国が未だに共産党一党独裁でやっていけているのは、改革開放をすすめた趙紫陽の功績だと思います。つまり共産主義なんだけど資本主義を導入しても矛盾しない理論を作ってしまった。だからソ連をはじめその他の共産国は崩壊したのに、一部資本主義を導入した中国はいまだ生存している。
共産党一党支配はなんでも議会で承認しないでできるから民主主義に比べて効率が良いという考えで、中国は民主主義を採用しないとしているが、今後どうなっていくのか? この本で趙紫陽自身も議会制民主主義が良いと結論づけている。いずれ中国も共産党一党支配は崩壊するのだろうか? 
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